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青森地方裁判所 昭和28年(ワ)230号 判決

原告 太田文吉

被告 国

訴訟代理人 横山茂晴 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

(一)  被告は、原告に対し、金二、〇〇〇万円及びこれに対する昭和二八年九月一日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二請求の原因

(一)  原告は、特許第一七八、一二五号滋養食品製造法の特許権者である。

右発明の性質及び目的の要領は、稗(ひえ)、大麦、小麦、その他穀類及び雑穀類を脱脂乳に浸漬して蒸炊し、種麹を加えて製麹し、これを乾燥したるもの又はでき上りのままのものに牛乳と酵母を加えた液を吸収せしめ、乾燥紛末とすることを特色とする滋養食品製造法に係り、その目的とするところは、経済的にして甘味と栄養に富める母乳代用品特に動物性を帯有させたものを得るにある。

(二)  原告は、青年時代から、栄養価すぐれ且つ経済的な食品の発明に志し、この方面において数件の特許発明をなして来たものであるが、昭和二四年に至り遂に本件特許を得たのである。しかもこれを以てなお満足せず、青森県上北郡十和田村大字奥瀬字小沢口九七番地小笠原清三郎方に研究事務所を設け、前記「滋養食品」を基礎としてさらに優秀な製品を発明すべく研究に没頭していたものである。

(三)  さて、本件特許によつて製造する「滋養食品」及びその製造過程において顕出する「麹」は、わが国において古来公知公用の酒税法にいわゆる麹とはその種類、性質、風味、滋養度その他の様相において全く別異のものであり、従つてかかる製品及び製造方法は特許権の目的となり得る新規の工業的発明に該当する。又、さればこそ前記のように原告は右発明について特許権を与えられているのである。しかして、原告が特許権者としてその発明の目的である「滋養食品」を製造、使用、販売又は拡布する権利を専有し、又、右特許権の実施を他人に許諾することを得ることは特許法第三五条及び第四八条に明定されているところである。しかるに、

(1)  三本木税務署長駒嶺誠丸は、昭和二四年七月七日、原告が滋養食品を製造しているのは、政府の免許を受けないで麹を製造しているのにほかならないから、酒税法違反であるとして、原告の前記研究事務所において、盛板一〇枚、滋養食品一斗七升を差し押え、その後六月余を経過した同二五年一月三一日に至り、はじめて原告に対し国税犯則取締法による罰金相当額一万円の納付を通告した。これに対し、原告は、ただちに、履行しない旨の意思表示をしたにもかかわらず、右税務署長は、事件を長期にわたり放置した後三本木区検察庁に告発したが、昭和二七年八月六日犯罪の嫌疑なしとして不起訴処分に附せらるるに至つた。

(2)  三本木税務署収税官吏玉懸謙一外二名は、昭和二七年五月一六日再び(1) と同一の理由で前記原告研究事務所において、滋養食品三七枚、盛板七六枚、蒸し米一斗、鉢一個、ます一個及び床箱一個を差し押え、居合せた原告の使用人小笠原清三郎が学問研究の自由は許されているのだから研究室への出入はなしうるようにしておいてもらいたいと懇願したにもかかわらず研究室を閉鎖し、しかも、右差押については、所定の通告、告発の手続をとらずそのまま放置し、同年一〇月一六日に至りようやく差押を解除し押収物件を返還したが、押収物件中にはすでに朽損して使用に堪えないものもあり、研究室は破損して修理のやむなきにいたつた。

(3) 原告は、青森、宮城、秋田及び岩手の各県下において、本件特許権の実施を多数の者に許諾していたのであるが、右(1) 、(2) の差押と前後して、青森県下において小笠原敬二等数十名、宮城県下において長崎泰治等数十名、岩手県下において西館小八郎、秋田県下において小館準次郎等の本件特許実施権者に対しそれぞれ所轄税務署において、滋養食品の製造販売は酒税法に違反するとして、原料、器材、製品等の差押をなした。しかも右につき、各税務署は国税犯則取締法による所定の通告、告発をなさず、わずかに通告処分をなした場合においても右実施権者等から理由を具して履行を拒否したのに対しては漫然放置して告発の手続をとらない。

(4)  更に、前記駒嶺三本木税務署長は、右各差押と前後して、その管内の地方事務所長、各町村長等にあてて、「滋養食品なるものは、酒税法にいう麹に該当するから、免許を得ないでこれを製造するときは酒税法違反の犯罪を構成する。従つて、原告から許諾を得て本件特許権を実施する業者は政府の免許を得ない限り廃業せしめられたい」旨記載した警告書を送付し、滋養食品は麹であるから免許を得ないでこれを製造するのは犯罪であると宣伝した。

しかしながら、右(1) ないし(3) の差押には、麹とは別異のものである滋養食品を麹として差押え、又、差押後速にとるべき所定の通告及び告発の手続をふまないで長期間放置した違法がある。

しかして、右(1) 、(2) の差し押さえの際、原告は、学問研究の用に供するため滋養食品を製造していたのであるから、右違法差押によつて憲法第二三条の規定により保障された学問研究の自由を侵害されたのである。又、原告自身が右のように差押を受け、更に、(3) の差押及び(4) の警告宣伝によつて、本件特許の実施権者に対し不当な取締がなされたため、原告から本件特許の実施許諾を受けようとする者が全くその跡を絶つに至つた。

しかして、滋養食品が酒税法上の麹でないことは、滋養食品に対し特許権が与えられていること自体により容易に認識し得るところであるから、前記収税官吏の各所為は、故意又は少なくとも過失に基くものであるといわなければならない。

(四)  原告は、右税務署長等の違法行為によつて以下述べるような損害をこうむつた。すなわち、

(1) 原告が、もし、前記差押妨害等を受けなかつたならば、全国にわたり本件特許権の実施を許諾して多大の許諾料及び特許使用料を取得しえたであろうことは、税務署の不法取締及び妨害にもかかわらず極めて短期間に多数の許諾申込や申込のための照会があつた事実に徴し明かである。しかるに、前記違法差押及び妨害のため原告は恐怖心を懐き特許許諾の意欲を失い、特許実施の希望者も犯罪として摘発されることを恐るる余り申込を躊躇するにいたつたため、原告は当然うべかりし許諾料を喪失するにいたつた。しかして、原告は、右許諾料として実施者一人当り第一年目(原告に対し前記(三)(1) の不法差押のあつた日の翌日である昭和二四年七月八日から翌年七月七日まで)には金二五、〇〇〇円、第二年目(昭和二五年七月八日から翌年七月七日まで)には金三〇、〇〇〇円、第三年目(昭和二六年七月八日から翌年七月七日まで)には金五〇、〇〇〇円を取得する計画であつたところ、全国約一〇、一〇〇個の市町村につき、一市町村一人の割合で実施権者一〇、一〇〇人(第一年目二、〇〇〇人、第二年目四、〇〇〇人、第三年目四、一〇〇人)を得られることは従前の実績に照し確実である。よつて、右各基準により原告の喪失した許諾料を算出すれば、第一年目金五〇〇〇万円、第二年目金一億二、〇〇〇万円、第三年目金二億五、〇〇〇万円合計金三億七、五〇〇万円となる。(又、その外に、特許使用料は、実施権者一人につき一カ年金一八、〇〇〇円の割合で取得されるから、前同様の計算により、第一年目に金三、六〇〇万円、第二年目に金一億八〇〇万円、第三年目に金一億八、一八〇万円を取得しえたはずである。)

(2) 又、税務署長等の前記所為により、本件特許権が実質上虚無の権利と化した結果、その発明のために払つた原告の努力も空に帰したわけであるから、「滋養食品製造法」の研究に著手した昭和一三年四月一〇日からその特許を得た日の前日である同二四年三月一二日までの生活費金五九八、八〇〇円及び右研究着手の日から研究室差押解除の月(昭和二七年一〇月、前記(三)の(2) 参照)までの研究所賃借料合計金一三六、二〇〇円は原告のうけた損害であるといわなければならない。

(3)  更に、前記日の(三)の(2) の差押により、原告の研究所の建物及び諸器具が腐朽破損し、修理費金一五〇、八〇〇円に相当する損害をうけた。

(4)  原告は、税務署長等から前記のような理由なき差押、妨害等不法な取締を受け、学問研究の自由を侵害され、又、原告から本件特許実施の許諾を受けた者も同様の厄に遇つたため、原告は実施権者及び世人から偽物の特許権により許諾料を詐取する極悪人であるかのように疑惑の目を以て迎えられ、原告の名誉信用は全く地に墜ちた。その精神的苦悩はたとえようもないくらいである。そして、右精神的苦痛に対する慰藉料は金一、〇〇〇万円をもつて相当と考える。

(五)  原告は、「強力糖祖」なる商標につき昭和二二年七月三〇日商標登録番号第三六八、九四七号の、及び「TOSOトーソ」なる商標につき同二四年七月一三日商標登録番号第三七七、〇五〇号の商標権を取得した。

しかるに、三本木税務署長は、前記(三)の(4) に述べたとおり、警告書を各方面に発送し、「強力糖祖」なる商標を滋養食品そのもののごとくに宣伝し、あるいは、「強力糖祖」は麹であるからその製造に政府の免許を要するものである旨吹聴し、右名商標権の使用許諸を妨害し、又、これを将来に亘り使用し難きに至らしめて商標権を侵害した。

しかして、右商標は、本件特許に係る滋養食品に附加して使用せられるものであるから、その使用料は本件特許の実施権者全員から一人一カ年金三、六〇〇円の割合で取得されるはずであつたところ、右商標権の侵害により原告は右使用料を喪失するにいたつた。前記(四)の(1) において述べたように、原告は、第一年目二、〇〇〇人、第二年目四、〇〇〇人、第三年目四、一〇〇人の実施権者を獲得し得ることが確実であるから、原告の喪失した利益は、第一年目金七二〇万円、第二年目金二、一六〇万円、第三年目金三、六三六万円である。

(六)  しかして、右各損害は、被告国の公権力の行使に当る公務員である三本木税務署長等収税官吏の不法行為によるものであるから被告国においてその賠償の責に任ずべきである。

よつて、本訴において、(四)の(1) の特許許諾料の内金七五〇万円(二)の生活費の内金三〇万円、研究所の賃料の内金一〇万円、(3) の修理費の内金一〇万円、(4) の慰藉料の内金六〇〇万円、(五)の商標権使用料の内金六〇〇万円合計金二、〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和二八年九月一日から支払ずみにいたるまで年五分の民事法定利率による損害金の支払を求める。

第三被告の答弁及び主張

(一)  主文同旨の判決を求める。

(二)  請求原因事実中(一)は認める、(二)のうち、原告が本件特許権のほかに四件の特許権を有していることは認める。原告主張の研究事務所は、いわゆる研究所であるとは認められない。右は、農家の土間に麹室がある程度のものであり、普通の麹製造者の場合と異る特殊な設備等は少しも存在しないからである。その余の事実は知らない。

(三)の(1) の事実中、三本木税務署長が、昭和二四年七月七日、酒税法違反嫌疑事件により原告の研究所において原告主張の物件を差し押え、同二五年一月三一日原告主張の通告をなし、同事件が原告主張の日三本木区検察庁において不起訴処分に付せられたことは認めるが、その余の事実は否認する

(三)の(2) の事実中、三本木税務署員玉懸謙一が、同税務署長の命により、昭和二十七年五月一六日前記研究所において、原告主張の物件を差し押えたこと、ついで、同年一〇月一六日右押収物件を還付したことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、右差押に係る犯則事件につき通告、告発の手続をとらずそのまま放置したと主張するが、三本木税務署長は、事件を三本木区検察庁に告発し、差押物件を検察官に、引き継いだのであり、従つて押収物件の還付は同検察庁がしたのである。

(三)の(3) の事実中、原告主張の特許実施権者等(但し、宮城県においては長崎泰治外八名)に対し、酒税法違反嫌疑事件により差押をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、右実施権者等に対し差押及び通告をしたのみで、告発の手続をふまず放置したと主張するが、通告を履行しない者に対しては、いずれも所轄検察庁に告発したのである。

(三)の(4) の事実中、三本木税務署長が、管内の地方事務所長及び町村長等に対し、滋養食品製造法により製造される物が、酒税法の規定する麹に該当し、これを無免許で製造するときは同法の規定により処分を受けることがある旨を通知したことは認める。

(四)の主張はすべて争う。

(五)の事実中、原告がその主張の商標権を有していることは認めるがその余はすべて争う。

(六)のうち、三本木税務署長等の収税官吏が国の公権力の行使に当る公務員であることのみは認める。

(三) 原告主張の滋養食品は、わが国において古来公知公用の麹とその性質を異にするものではなく、従つて滋養食品自体は新規な工業的発明に該当しないのである。元来、麹とは、穀類を原料としこれに麹菌を繁殖させたもので、主として澱粉原料の糖化に供せられると共に微生物特に酒精醗酵性酵母の給源となり得るものであり、その麹菌は通常増殖性を有するものであることは社会通念上顕著な事実である。原告の滋養食品は、官能的検査の結果によれば、粒状であつて、その外観あるいは粒間の状貌その他香気、味等において市販米麹と特記すべき差異はなく、米を原料としてこれに糸状菌を発育させたものと認められ、菌学的検査の結果によれば、これに附着している糸状菌は麹菌であり、市販米麹と同様に増殖性を有し、又酒精醗酵性酵母が存在し、米麹としての酵母給源性を充足し得るものであり、且つ、糖化力検査の結果によれば、市販米麹と同程度の糖化力を有するものである。又、化学分析の結果によれば、滋養食品の含有する澱粉価、石炭、全燐、蛋白態燐、又は葡萄糖等も市販米麹のそれと大差がない。このように、官能上、菌学上、糖化力及び化学分析上滋養食品と米麹の間には特記すべき差異が認められないのであるから、滋養食品は麹と認められる。もつとも、両者の間に化学分析上若干の量的差異は認められるけれども、これは製造の条件の差異に由来するものであり、この若干の差異のために滋養食品が麹でないということはできない。(なお、本件特許の特許発明明細書にも明らかに製麹という字句を使用しており、滋養食品が麹であることを示している。)

しかるところ、本件特許は、滋養食品製造法という名称自体の示すように、方法の特許であつて物の特許ではない。方法の特許の権利者は、その方法を用いて物を製造する権利を専有してはいるが、その製造につき他の法令により許可又は免許を必要とする場合には、特許権を有することにより当然にその法令の適用を排除されるものではなく、特許権を有していても当該法令による許可又は免許を得る必要があることもちろんである。されば、いやしくも、製造される物が酒税法にいう麹に該当するものと認め得る限り、その名称もしくは製造の目的のいかんを問わず、又その製造が特許権の実施によると否とにかかわらず、昭和二八年法律第六号による改正前の酒税法第一六条の規定による免許を要するのである。このことは製造目的の最終段階における製品が麹に当る場合はもちろんのこと、製造の過程において製出される物が麹に当る場合も同様である。原告の滋養食品が酒税法にいう麹に該当することは前述のとおりで、しかもその製造について政府の免許を受けていなかつたから、被告国の税務官吏は酒税法違反の嫌疑があるものと認め、証拠物件又は没収すべき物件につき本件各差押をなすに至つたのである。

(四) 三本木税務署長が、管内の地方事務所長等にあて、原告主張の警告書を発した理由は次のとおりである。すなわち、本件特許により製造される物が酒税法の規定する麹に該当するにもかかわらず、原告は、その実施を各方面に許諾し、同法の規定による麹製造の免許は不要であると宣伝したため、同法の取締法規はじゆうりんされ無免許で麹を製造する者が続出し、取締所管行政庁としてはこのまま放任することができない状況となつた。そこで、三本木税務署長は管内の地方事務所長及び町村長等に本件滋養食品製造法により製造される物が同法の規定する麹に該当し、これを無免許で製造するときは、同法の規定により相当の処分を受けることがあるべき旨及びこの種の物を製造しようとする者が免許の申請をする場合にもすでに免許を受けている麹製造者以外の者には特別の事由がない限り麹製造の免許を与えない方針であることを通知したのである。以上のような事情であつたのであるから、税務署長が右通知をしたことは誠に時宜に適した妥当な行政措置であるといわなければならない。原告が本件特許の実施を許諾することは自由であるが、実施許諾を受けた者がこれを実施するに当つては、麹製造の免許を受ける必要があることは、前述のところから明白で、右税務署長の警告は当然のことを述べているに過ぎない。これによつて、原告の特許権の実施許諾の権利を侵害したということは当らない。

(五)  原告の研究所及びその他の差押物件について、原告主張のように修理費を要したことについては前述のとおりこれを争うのであるが、仮にそのような修理費を要したとしても、それは本件差押により生じた損害ではない。研究事務所の差押は、その扉に封印をして行つたのであるが、右封印は扉の開閉を不可能ならしめるものではなかつたから、研究事務室に破損を生ぜしめる筈がない。又、盛板等の器具は、差押と同時に三本木税務署の倉庫に保管し差押解除まで同倉庫にあつたのであり、その間特段に破損を来すようなことはなかつたのである。従つて、原告主張のような修理費を要したとするならば、それは自然損耗によるものであり、本件差押によつて生じたものではない。従つて、原告主張の損害と本件差押との間には相当因果関係がない。

(六)  原告は、被告国の税務官吏が、原告の商標権の使用許諾を妨害し、又、商標権を侵害したと主張する。しかしながら、前記税務署長の発した警告書の趣旨は、強力糖祖という商標を使用した商品が麹である限り許可なくこれを製造することができないというのであつて、商標そのものの使用を禁止したのではない。商標の製造ということはあり得ないのであるから、何人も、右書面の文言が商標の使用を禁止したものと考えることはないであろう。のみならず、原告は、滋養食品に対し強力糖祖なる商標を使用していたから、滋養食品製造法の実施許諾を受ける第三者はこれとともに原告から右商標の使用の許諾を受けていたのであり、一般に強力糖祖は滋養食品の名称と観念される状況にあつたのである。従つて、このような事情の下における強力糖祖が滋養食品の名称であるかのような表現を用いたとしても責めらるべきではない。

又、商標権の侵害とは、許可なく登録商標と同一のもの又は類似商標を同一商品又は類似商品に使用することをいうのであるが被告は、右商標についてかかる行為をしたことはないのであるから商標権を侵害したという非難は当らない。

(七)  以上のような次第で、本訴請求は失当である。

第四被告の主張に対する原告の反駁

(一)  滋養食品は、栄養剤(飲食品又は医薬品の性質を有する。)であつて、酒税法にいう麹ではない。仮に滋養食品が外観上いわゆる麹に類似しているとしても、動物性蛋白質を含有し甘味及び栄養に富み効用において古来公知公用の麹とは顕著な差異があり、乳幼児又は病弱者に給与せらるべき母乳代用品たる栄養剤である。

このことは、現に特許庁においても滋養食品を栄養剤(動物質栄養剤)として分類し、微生物、酵素又は発酵に関するものの特許として分類していないことに徴しても明かに認められるのである(昭和二三年一月改正、特許庁編「発明及実用新案分類表」参照)。

(二)  特許庁において、本件滋養食品を新規なる工業的発明と認め、これに特許権を付与したる以上、被告が滋養食品を以て麹であると主張するのは原告の特許権の範囲を争うことに帰着する。従つて、被告は、特許法の規定により特許庁の審判又は裁判所の判決を受けない限り、原告が本件特許権を実施して滋養食品を製造することを禁止することができないのである。

(三)  被告は、特許権者であつても、その特許権に基き製造する物が麹に該当するときは、酒税法第一六条の規定により政府の免許を受けなければならないと主張するが、右主張はこれを争う。特許権者がその権利に基いてする製造に関しては酒税法第一六条の規定の適用がない。

(四)  又、三本木税務署長が、原告の研究のためにする滋養食品の製造を酒税法違反に該当するとして三本木区検察庁に告発したのに対して、同検察庁は、昭和二七年八月六日犯罪の嫌疑なしとして不起訴処分に付した。しかして、原告から本件特許につき実施権を得た者で同様酒税法違反として告発された者も全部所轄検察庁において不起訴処分に付された。

このような検察庁の不起訴裁定があつた以上本件各差押が違法の処分であつたことが明かになつたわけであり、税務官吏としてももはや滋養食品の製造をもつて酒税法違反として差押、通告、告発等をすることができなきなつたのにかかわらず、横手税務署長掘籠吉雄は、昭和二九年五月二一日本件特許の実施権者泉川光に対し差押処分を強行した。かくの如きは全く本件特許の実施許諾を妨害しているものというの外はない。

(五)  仮に、被告の主張するように、滋養食品が麹であるとしても、原告自身に対する再度の差押については、当時原告は学問研究のために滋養食品を製造していたのであり、結局自己の用に供するため麹を製造していたものに外ならないから、被告の引用する酒税法第一六条但書に定める除外事由があつたというべきである。従つて、いずれにしても右差押は違法である。

第五被告の再反駁

(一)  本件特許の目的が、滋養食品製造であつて、滋養食品そのものでないこと、すなわち、方法の特許であつて物の特許でないことは、滋養食品製造法という名称自体及び特許法上飲食物又は嗜好品については特許できないことに徴して明らかである。被告は本件滋養食品製造法についてその新規性を少しも否定しようとするものではない。しかし、滋養食品そのものは、新規な工業的発明ではなく、市販の麹と同性質のものであり、酒税法にいわゆる麹に該当する。方法の特許は、公知公用の飲食物の製造法についても許され、現に公知公用の酒その他の飲食物の製造法について多数の特許が存在することは顕著な事実である。かようなわけで、被告は本件特許それ自体を争うものではないから、原告主張のような審判又は判決を受けるべき筋合のものではない。

(二)  原告及び原告から特許実施の許諾を受けた者等に対する酒税法違反被疑事件が不起訴となつたことは認めるが、その理由は、これらの者が特許権に基き許されたる行為と信じて滋養食品を製造したと弁解し、この弁解をくつがえすに足りる証拠が充分でないこと、すなわち、麹を製造する認識をもつて麹を製造したと認めうる証拠が充分でないというにあるにすぎない。されば、滋養食品が麹でないと認められたため不起訴になつたものでもないし、又昭和二八年法律第六号による改正前の酒税法第一六条但書の規定に該当する事由があるため不起訴となつたものでもない。一度不起訴処分に付された事件は常に不起訴処分に付さるべきであるという拘束はないのであるし、又、酒税法違反の嫌疑があれば税務署長が調査を実施するのはその当然の職責であるから前記不起訴処分の後において税務署長が調査を続行しても少しも違法でも不当でもない。ことに原告は三本木税務署長を被告として本件滋養食品が麹でないことを理由として、同署長が昭和二四年七月七日なした差押(請求原因(三)の(1) )の無効確認訴訟(青森地方裁判所昭和二五年(行)第一六号事件)を提起し、第一審は被告署長が敗訴したが同署長が控訴(仙台高等裁判所昭和二六年(ネ)第四五号)した結果、控訴審においては本件滋養食品は酒税法にいう麹であると認定され第一審判決は取り消され、原告の請求は棄却された。これに対し、原告は更に上告(最高裁判所昭和二六年(オ)第五四七号)したが、該上告は昭和二八年六月二六日棄却され、右控訴審判決が確定したのである。このような経緯であつてみれば、右上告審の判決のあつた後は、前記のような麹製造の認識がなかつたという弁解を容れる余地もなくなつたと考える。

(三)  原告は、滋養食品が酒税法にいう麹であつたとしても、研究中であつたから、酒税法第一六条但書の法定の除外事由に該当すると主張する。しかしながら、原告は、差押を受けた当時他から製造の委託を受け加工賃を得る目的で滋養食品を製造していたものである。かかる事由は法定の除外事由に当らない。原告が、もし純然たる学問研究のため滋養食品の製造を行わんとするのであれば、政府から麹製造の免許を受けてこれを行うべきである。従つて、原告に対する差押は適法であり、学問研究の自由を妨害したという非難は当らない。

第六証拠〈省略〉

理由

一  原告が、特許第一七八、一二五号滋養食品製造法の特許権者であること、右発明の性質及び目的の要領が原告主張のとおりであること、原告が青森県十和田村大字奥瀬字小沢口九七番地小笠原清三郎方に研究事務所と称する施設を有していたこと、三本木税務署長駒嶺誠丸が昭和二四年七月七日原告が政府の免許を受けないで麹を製造している疑があるとして、前記小笠原清三郎方において原告所有の盛板一〇枚及び滋養食品一斗七升を差し押え、同二五年一月三一日国税犯則取締法により原告に対し罰金相当額一万円の納付を通告し、原告において履行しなかつたため三本木区検察庁に告発したが、昭和二七年八月六日犯罪の嫌疑なしとして不起訴処分に付せられたこと、三本木税務署収税官吏玉懸謙一外二名が、昭和二七年五月一六日再び右と同一の理由で前同所において、滋養食品三七枚、盛板七六枚、蒸し米一斗、鉢一個、ます一個、床箱一個及び研究事務室を差し押え、同年一〇月一六日にいたり差押を解除し押収物件を返還したこと、原告において本件特許権の実施を青森、宮城、秋田及び岩手の各県下において多数の者に許諾していたところ、右原告に対する各差押と前後し青森県下において小笠原敬二等数十名、宮城県下において長崎泰治外八名、岩手県下において西館小八郎、秋田県下において小館準次郎等の本件特許実施権者に対し、それぞれ所轄税務署において、滋養食品の製造販売をなしているのは酒税法違反に該当するとして原料、器材及び製品等の差押をなしたこと、更に前記駒嶺税務署長が管内地方事務所長、各町村長等あてに、「滋養食品なるものは酒税法にいう麹に該当するものであるから、免許を得ないでこれを製造するときは酒税法違反として処分する」旨記載した通知書を送付したこと、原告が、「強力糖祖」なる商標につき商標登録番号第三六八、九四七号の、及び「TOSOトーソ」なる商標につき商標登録番号第三七七、〇五〇号の商標権を有していること、以上の各事実は、当事者間に争がない。

二  本訴請求の要旨は、「本件滋養食品自体又はこれを製造する過程において顕出する麹は酒税法にいわゆる麹ではなく、新規な工業的発明品である。しかるに、被告国の公権力の行使に当る前記三本木税務署長等税務官吏は、故意又は過失によりこれを酒税法に規定する麹であると独断し、原告及び特許権実施許諾者等に対し不法にも差押を強行し、しかも右差押後手続を正当に進行せしめず放置した。又、右独断に基き、滋養食品を製造するのは犯罪となる旨虚偽の宣伝をなし、両々相まつて、本件特許権の実施、その実施の許諾及び各商標権の使用並びに使用許諾を妨害し、原告の学問研究の自由をも侵害した。よつて、被告に対し、右違法行為に因つて生じた損害の賠償を求める」というのである。

三  そこで、先ず、本件特許に係る滋養食品製造法によつて製造される滋養食品が昭和二八年法律第六号による改正前の酒税法第一六条所定の麹に該当しないものであるか否かを検討する。

一般に、麹とは、穀類、糠等に麹菌を繁殖させたものをいうのであつて、主として、澱粉質を糖化するとともに、微生物特に酒精醗酵性酵母の給源に供されるものであり、その麹菌が増殖性を有しているものであることは顕著な事実である。しかして、酒税法の前記法条にいう麹も又かかる物質を指称するものであるが、同法の趣意目的から見て、その糖化醗酵力が酒精含有飲料の製造に利用するに足るものをいうと解すべきである。その最も代表的な例として市販の米麹が挙げられることは異論のないところであろう。

しかるところ、前に認定した本件特許の発明の目的及び要領によれば、滋養食品は、その完成品となるまでに、

(1)  穀類を脱脂乳に浸漬して蒸炊し種麹を加えて製麹する、

(2)  (1) の製品を乾燥したもの又はでき上りのままのものに牛乳と酵母を加えた液を吸収させて乾燥する、

(3)  (2) の製品を粉末とする、

以上三段階を経過するものであることが明かである(ただし、滋養食品製造法の発明の性質及び目的の要領によれば、ひえ、麦等を主なる原料とするものであるかのように記載されているが、その実際においては、ほとんどすべての場合に米が原料として用いられ、且つ、多くは粉末とされないままで消費されていたこと、従つて、所轄税務署の取締の対象となつたのは、すべて米を原料とする(1) 、(2) の段階の半製品の形態においてであつたことは弁論の全趣旨に徴し疑がない。)。

さて、証人小笠原清三郎、松尾信雄、太田万次郎、角館末蔵、西館小八郎、小笠原敬二、中村仁八、福山勝治、佐々木吉治、苫米地与助、佐藤次男、日下金夫、千葉中子男、菅原新吾、小野寺二郎、黒沢正次、中村豊等及び原告本人は、いずれも、滋養食品が外観上一般の麹に類似しているとしても、動物性蛋白質を含有し、甘味及び栄養に富み効用において顕著なる差異があり、全く別異の物質である旨供述するけれども、後出乙号各証と対比するときは、右各証言及び原告本人尋問の結果によつてはいまだ本件滋養食品が麹でないと認めるには足りない。

かえつて、成立に争ない乙第一号証、同第三号証、同第六、七号証、同第一〇ないし第一二号証、作成者名下の印影の成立に争がないから真正に成立したものと認められる同第二一ないし第二三号証を綜合すれば米を原料とし滋養食品製造法によつて製造された滋養食品は、右三段階のいずれの段階における製品も、その外観、香気、味等において市販米麹と特記すべき差異がなく米を原料としてこれに糸状菌を繁殖させたものであること、右糸状菌は麹菌であり市販米麹におけると同様に増殖性を有すること、又酒精醗酵性酵母が存在し米麹としての酵母給源性を充足し得ること、糖化力検査の結果によれば、市販米麹と同程度の糖化力を有すること、化学分析の結果によれば、滋養食品と市販米麹との化学成分の間には特記すべき差異が認められないこと、ことに澱粉価、石灰、全燐、蛋白態燐の含有量、乳糖の定性試験結果等において差異が認められず、従つて製造工程において脱脂乳を添加したことによる何らの特徴も見出されないこと、ただ附着している酵母数又は糖化力について若干の量的差異は存するが、かかる量的差異は一般の米麹相互間においても製造条件の差異によつて生じうる範囲内のものであること等が認められ、要するに、官能上、菌学上、糖化力及び化学分析上滋養食品と米麹との間には別段の差異がなく、滋養食品は充分な糖化醗酵力を具有し、酒精含有飲料の原料として使用しうるものであることが認められる。しからば、前述したところにより、滋養食品は酒税法に規定する麹に該当するものであるといわなければならない。

もつとも、成立に争ない甲第一号証、同第一五五号証の一ないし一一及び証人中村豊の証言を綜合すれば、特許庁においては、本件特許を昭和二三年一月改正による同庁編「発明及実用新案分類表」により栄養剤(第三四類LO)として分類していることが認められるが、ある物件が、科学的見地から麹に該当するか否かは、当該物件の性質を科学的に検付して決すべきであるから、特許庁が多数の発明を整理する便宜の上から定めた前記分類表により滋養食品製造法が栄養剤の製造法として分類されたとしても、かかる分類により滋養食品そのものの学問上の性質ないし名称を変更しうるものではない。また、当該物件が、法律の適用上麹に該当するか否かは、右科学上の結論を参酌して裁判所が決定すべきことであり、もとより特許庁の見解によつて拘束される限りではない。

従つて、特許庁において、本件滋養食品製造法が栄養剤の製造法として分類されたことによつて、滋養食品が麹でないということはできない。そして、その外には本件滋養食品が麹であるとの認定を動かすに足りる証拠は存在しない。

四  しかして、原告及び原告から本件特許の実施許諾を受けた者等が昭和二八年法律第六号による改正前の酒税法第一六条の規定による麹製造に関する政府の免許を受けていなかつたことは弁論の全趣旨に徴し明白であるから、被告国の税務官吏が、前述のように、原告及び特許実施権者等が滋養食品を製造したことをもつて、麹を無免許で製造したとして差押をなし、又、地方事務所長等に対し滋養食品の無免許製造を取り締る旨警告を発したことは当然で、この点においては何らの違法不当が存しないものといわなければならない。

原告は、特許庁において、滋養食品を新規な工業的発明と認めてこれに特許権を附与した以上、被告が滋養食品を麹であると主張するのは原告の特許権の範囲を争うことに帰着する。従つて、被告は特許法の規定により審判又は判決を受けない限り、原告が本件特許権を実施して滋養食品を製造することを禁止しえないと主張する。

しかしながら、本件特許権の目的が滋養食品製造法であつて、滋養食品そのものではないこと、すなわち、方法の特許であつて物の特許でないことは、特許法上飲食物又は嗜好物若くは医薬については特許権が与えられないこと、及び前認定の本件特許の発明の目的及び要領ないし滋養食品製造法という名称自体に徴して極めて明白である。本訴において、被告は滋養食品製造法自体の新規性を争つているのではなく、たんに右特許権によつて製造された物が在来の麹と同性質のものであるということを主張している(新規な方法によつて製造される物が新規な物であるとは限らず、新規な方法によつて製造された物が公知公用の物であることも存しうることはいうまでもない。)にすぎないのであるから、右原告の主張は失当である。

更に、原告は、特許権を有する以上、特許権者又は実施許諾を受けた者が、本件滋養食品を製造するにつき更に政府の免許を得ることを要しないと主張する。

しかしながら、特許権といえども一の私権に外ならないから、その行使に関連して行政上の取締法規が存在するときは、その制限に服しなければならないことはもちろんである。酒税法の前記法条によれば、麹を製造するには政府の免許を要するものとされているところ、滋養食品は前認定のとおり同条所定の麹に該当するものであるから、これを製造するには政府の免許を必要とすることは当然でその製造法につき特許権を有するからといつて右規定の適用を排除されるものではない。従つて、原告の右主張も採用することができない。

五  次に、原告は、本件滋養食品が麹であるとしても、原告がその研究事務所において滋養食品を製造していたのは研究のためであり、研究のために製造するのは、すなわち、自己の用にのみ供するために製造するのに外ならないから、前記酒税法第一六条但書に定める法定の除外事由があるものである。三本木税務署が、再度にわたり原告の研究所において差押をなしたのは違法であると主張する。

しかして、証人小笠原清三郎及び原告本人は右原告の主張に副い原告はその研究所において研究のためにのみ滋養食品を製造していた旨供述するが、右証言及び原告本人尋問の結果は後記証拠に対比しにわかに信用することができず、かえつて、公文書であるから真正に成立したものと認める乙第二〇号証及び証人渡辺喜雄、玉懸謙一の各証言によれば、前記小笠原清三郎方(原告研究所)において原告製造にかかる滋養食品を販売したことがないでもないことがうかがわれる。成立に争ない甲第三号証によつてはいまだ右認定をくつがえすに足りない。しからば、原告は、研究のためにのみ滋養食品を製造していたとはいえないから、その主張は、すでに前提において事実に相違しており失当として排斥を免れない。

六  進んで、原告及び本件特許の実施者等に対する差押につき、差押後法定の手続をふまず長期間放置した違法があるとの点等について検討する。

(イ)  原告に対する昭和二四年七月七日の差押について

原告は、三本木税務署長において差押の後六月余を経過した昭和二五年一月三一日にいたりはじめて罰金相当額の通告をなし、原告が履行しないのに対し更に事件を長期にわたり放置した後告発したのは違法であると主張する。

しかして、差押の後六月余を経過した昭和二五年一月三一日に通告処分がなされたことは、前記のとおり当事者間に争がないが一方、証人駒嶺誠丸の証言によれば、当時三本木税務署においては原告の外原告から許諾を受けた実施権者等に対しても酒税法違反嫌疑事件として調査を進めており、これに対し滋養食品は麹ではないとの弁解がなされたため、慎重を期して仙台国税局に報告し、滋養食品の鑑定を求めたり、同国税局を通じ国税庁長官の指示を仰ぐ等の配慮をしたことにより原告に対する通告が遅延したことが認められるから、原告主張のように漫然放置したという非難は当らない。

次に、原告が通告を履行しないのに対し、更に事件を長期に亘り放置した後告発したとの点については、被告においてこれを否認するところであり、しかもこれを認むべき何らの証拠も存しない。仮に、原告主張のように税務署当局の事件処理に敏活を欠く点があつたとしても、これと原告主張の損害との間にいかなる因果関係が存するのか遂に理解しえないから、主張自体失当という外はない。

(ロ)  原告に対する昭和二五年五月一六日の差押について

原告は、三本木税務署収税官吏玉懸謙一等が、訴外小笠原清三郎の懇請を却け研究室を閉鎖し、且つ、差押後所定の通告又は告発の手続をとらず、長期に亘つて放置したため、研究室及び押収物件を毀損するに至つたと主張する。

しかしながら、本件にあらわれた全証拠をもつてしても収税官吏が右研究室又は押収物件を毀損するような行為をした事実を認めるに足らず、かえつて、証人小笠原清三郎の証言により右差押当時の原告の研究事務室の扉の一部の写真と認められる甲第九号証に右小笠原証人、証人渡辺喜雄、同玉懸謙一等の各証言を綜合すれば右差押の際収税官吏において研究事務室の扉に封緘紙を貼布したけれども原告の使用人小笠原清三郎の申出により扉の開閉は自由になしうるようにしておいたこと及び本件差押に係る嫌疑事件については原告に対し通告をすることなくただちに三本木区検察庁に告発したのであり、従つて押収物件も同庁に引き継いだのであるが、その間押収物件の保管については相当の注意を払つていた事跡を窺うに充分である。よつて、原告の右主張は失当である。

(ハ)  本件特許の実施権者等に対する差押について

原告は、本件特許の多数の実施権者等に対し、所轄各税務署において、差押をなしたのにかかわらず爾後法定の通告告発等の手続をとらなかつたと主張するが、これを認めるに足りる適確な証拠は一も存在せず(かえつて、成立に争ない甲第三三ないし第四六号証、同第四八号証、真正に成立したものと認める同第五三号証の一、二、同第一三五号証等によれば、差押をした税務署において通告又は告発をしたことを認めるに充分である。)、仮に原告主張のような税務署当局の事務怠慢があつたとしても、これと原告主張の損害との間にいかなる因果関係が存するのか遂に理解しえないから、原告の主張は採用できない。

七  なお、原告は、三本木税務署長が各方面に前記警告書を発送したことにより、原告の商標権の便用及びその使用許諾を妨害し且つこれを侵害したと主張するが、三本木税務署長のした警告書発送が何ら違法ではないことはすでに詳細説示したとおりであり、また、その他に被告が許可なく原告の登録商標と同一のものもしくは類似商標を同一商品もしくは類似商品に使用したことを認めるに足りる何らの証拠も存在しない。

八  以上のような次第であつて、被告国の税務官吏の所為は適法であり、何らの違法のかどもないから、これが違法であることを前提とする本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、すべて失当として棄却を免れないものである。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 宮本聖司 右川亮平)

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